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【夕刊シチ デイリー両晋南北朝 1月23日号】301年01月~301年12月
【夕刊シチ デイリー両晋南北朝 1月23日号】301年01月~301年12月
【301年01月~301年12月】資治通鑑原文6292文字(37/365位)【登場人物】・メインキャスト1/1-司馬衷-1/291/1-劉淵-2/21/4-慕容廆-2/261/12-陸機-1/251/12-劉琨-2/10・準メインキャスト1/1-司馬倫▲1/11-司馬熾-2/41/13-司馬越-2/21/21-王敦-2/16張軌-2/6【できごと】60日天下!倫、破滅!中央に血みどろ花火が上がるタイミングで、一人の能吏が西方に出鎮します。彼の名前は張軌。中華の北西域に当たる涼州に刺史として赴任すると、中央ほどではないにせよ荒れ狂っていた涼州を鎮圧、抜群の手腕で統治を開始しました。これが五胡国家のひとつ、前涼の興り。ただし張氏一門はしばらく、あくまで晋の臣下として振る舞いました。独立までには百年近くのスパンがあります。そんな張軌から、実質見捨てられた中央はどうだったのでしょうか。まず倫が簒奪しました。既定路線というやつです。このとき高官に与える羽飾りを大盤振る舞いしすぎたせいで、あとの方のものは犬のしっぽで代用された、という逸話が載ります。日本人にはむしろ人間の死以上に残酷物語に聞こえますね、不思議です。犬の恨みがたたったか、倫が立ってすぐさま冏が決起。倫の暴虐がひどかったこともさることながら、冏への恩賞が大したものではなかったことも原因となったそうです。この決起には八王のうち乂、穎兄弟が参画。顒ははじめ倫側についていましたが、情勢が倫に不利と見てとるや即鞍替えし、むしろ倫陣営の獅子身中の虫となりました。この情勢を受けて、まず孫秀が襲撃を受けて殺されました。自らを守る砦を失った倫も、まもなく捕縛。洛陽城内に幽閉を受けると、「わしは孫秀に誤られたされた、孫秀に誤らされたのだ!」と慟哭しました。間もなくして、倫も毒殺されます。栄華とも呼べない二月弱の茶番...
動画ID:sm45866731
再生時間:2:59
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タグ:中国史,西晋,東晋



