"【夕刊シチ3月22日号 356年02月】洛陽奪還! その価値は" の動画はこちら
|
この動画をTwitterで共有! |
外部プレーヤー埋め込みタグ |
"【夕刊シチ3月22日号 356年02月】洛陽奪還! その価値は"のニコニコ動画詳細情報
【夕刊シチ3月22日号 356年02月】洛陽奪還! その価値は
【夕刊シチ3月22日号 356年02月】洛陽奪還! その価値は
【356年02月】資治通鑑原文2841文字(156/365位)【登場人物】・メインキャスト3/4-慕容垂-5/33/8-桓温-4/93/14-王羲之-3/283/20-王猛-4/113/15-苻堅-4/22・準メインキャスト2/14-拓跋什翼犍-4/132/28-慕容儁-3/263/17-姚萇-5/1【できごと】前燕への帰順を申し出た姚襄の狙いは、故郷たる関中への帰還でした。ここで各国動乱の隙間をつき洛陽を支配していた周成を攻撃しました。すると、この攻撃に手間取っているうちに桓温がやって来、まずは姚襄を撃破。姚襄は洛陽を諦め、西方に落ち延びます。続いて桓温は周成をも撃破し、ここに316年の陥落以来胡族の手に落ちていた洛陽が、実に40年ぶりに晋人のもとに戻りました。桓温はこの地で「王衍のようなやつらが清談になぞふけっておったから洛陽は奪われたのだ」と慨嘆し、晋の歴代皇帝の陵墓を修復しました。この大功を受け、建康では三日間の服喪の儀式を行いました。「ようやく晋の先帝らを悼むことが出来た」というわけです。とは言え桓温にとって頼れる副将格であった謝尚がこの年に病死し、新たに獲得した北土の防衛させるに足る将帥の不足が露呈してもいます。では、この動きに対する北族はどうだったか。苻生は引き続き殺しに勤しみ、ついにはお小言を言ってきた叔父を手にかけ、そのショックで母親も死亡。こうした事態を受けて「俺は正統なる天子なのに何故俺を批判する声が上がるのだ!」と声を上げた「そうです」。さらには町中に虎やら狼やらが現れて人を食べた、という報せがもたらされれば「俺の代わりに天罰を与えてくれてんだな」と放言した「そうです」。いやほんとこの辺どこまで信じていいやらです。また前涼に使者を飛ばして脅しをかけ、服属させています。そして前燕。慕容恪は段龕を攻撃する際、敢えて強硬策には...
動画ID:sm46080210
再生時間:2:58
再生回数:再生回数: 回
コメント数:0
マイリスト数:0
最新のコメント:
タグ:中国史,西晋,東晋



