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浪曲|清水次郎長伝 10「血煙り亀崎宿」広沢虎造
浪曲|清水次郎長伝 10「血煙り亀崎宿」広沢虎造
お縫に長兵衛の仇討ちを誓った次郎長は、清水から乾分たちを招んで代官所へ膺懲に向かひます。尾張に參上した乾分は、大政、小政、大瀨大五郎、增川仙右衛門、竒妙院常五郎、法院大五郎。森の石松と合はせて七人の乾分たちを率ゐて次郎長は尾張知多郡龜崎宿にやって来ました。たまたま腹ごしらへにたち寄ったその龜崎の宿屋の亭主が、以前次郎長の乾分だった壯佼の父親だった。しかし「孝行しろよ」と足を洗はせたその壯佼の姿が見えない。そこで次郎長は亭主から彼の受難を報らされる……────────────────なぜ今更この清水次郎長伝をポストしたかと申しますと、いま私たちが当然だと信じてゐる「平和主義」といふ主義の実態を、視聴者の皆さんと、どうしても確認する必要があると思ったからで御座います。こゝは紙幅に限りがありますので、詳しくはこの記事をお読みください。↓https://misora-tsushin.hatenadiary.com/entry/2026/05/03/124635────────────────御存じ先代 広沢虎造の、この有名な次郎長伝はいったい何に取材した物語か。およそ清水次郎長の物語の原典は、ひろく黔首に膾炙してゐた次郎長の口伝を補完するかたちで著された『東海遊俠傳 一名次郎長物語』でございます。https://dl.ndl.go.jp/pid/900130その出來を探れば後に明治大帝の侍従になった山岡鉄舟に逢着いたします。鉄舟は幕末の剣豪であり、彼の紹介で一時次郎長に望まれて次郎長の養子になった天田五郎といふひとがあった。このひとの父は磐城国は平藩 安藤対馬守の家来、甘田平太夫といふ侍であり、後に五郎は鉄舟の門下で國學を學ぶ。この天田五郎が次郎長の恩義に報いるために記したのがかの『東海遊侠伝』でございます。するとこれは又聞きのお噺なぞではない。今日的に謂ふなれば「現場に入って取材したドキュメンタリー」なのだ...
動画ID:sm46347521
再生時間:26:38
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