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浪曲|清水次郎長伝 11「桜堤の仇討ち」広沢虎造
浪曲|清水次郎長伝 11「桜堤の仇討ち」広沢虎造
次郎長を逃した咎で、深見村長兵衛は代官竹垣三郎兵衛の手の者に捕縛され、代官所で水責めに遭って死んだ。次郎長は清水から招集した乾分たちを率ゐて長兵衛の仇討ちに向かひます。狙ふは次郎長への恩を仇で返さむとしてこれ迄の經緯の繪圖を描いた保下田の久六と、彼と唇歯の関係にある代官竹垣三郎兵衛、この二名の首です。────────────────なぜ今更この清水次郎長伝をポストしたかと申しますと、いま私たちが当然だと信じてゐる「平和主義」といふ主義の実態を、視聴者の皆さんと、どうしても確認する必要があると思ったからで御座います。こゝは紙幅に限りがありますので、詳しくはこの記事をお読みください。↓https://misora-tsushin.hatenadiary.com/entry/2026/05/03/124635────────────────御存じ先代 広沢虎造の、この有名な次郎長伝はいったい何に取材した物語か。およそ清水次郎長の物語の原典は、ひろく黔首に膾炙してゐた次郎長の口伝を補完するかたちで著された『東海遊俠傳 一名次郎長物語』でございます。https://dl.ndl.go.jp/pid/900130その出來を探れば後に明治大帝の侍従になった山岡鉄舟に逢着いたします。鉄舟は幕末の剣豪であり、彼の紹介で一時次郎長に望まれて次郎長の養子になった天田五郎といふひとがあった。このひとの父は磐城国は平藩 安藤対馬守の家来、甘田平太夫といふ侍であり、後に五郎は鉄舟の門下で國學を學ぶ。この天田五郎が次郎長の恩義に報いるために記したのがかの『東海遊侠伝』でございます。するとこれは又聞きのお噺なぞではない。今日的に謂ふなれば「現場に入って取材したドキュメンタリー」なのだから、道理で眞に迫ってゐるわけです。御維新に伴って次郎長は在所に裨益する事業を起こし、本書が出版されたときには旣に貸元ではなかった。にも關はらず彼はこ...
動画ID:sm46349226
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